2023年01月23日
結果を手にするための最適解を導く〜「Best Practice(ベストプラクティス)」とは
結果を手にするための最適解を導く〜「Best Practice(ベストプラクティス)」とは
前項では、会社方針との一貫性を前提とした上で、現場の意気が上がるようなワクワクする目標を設定できるかどうかがカギだという話をしました。
1年12カ月のうち、たった1カ月でもよいからナンバーワンのお店になるという目標設定は、こうした条件を兼ね備えたものだったわけですが、マックスファクター化粧品が国内トップブランドの資生堂の売上を一瞬でも上回るなど考えられなかった時代に、なぜ、このような目標設定ができたのでしょうか。
大ぶろしきを広げておいて、もし達成できていなかったらとんでもない赤っ恥です。査定にも影響するでしょうし、社内の視線も厳しくなります。昇進に響くかもしれません。それでも決断できたのは、私に勇気があったからではありません。一見すると無謀とも思える目標でありながら、私には勝算がありました。
やる前から、なぜ確信できたのでしょうか。答えは単純で、先行事例があったからです。要するに、似たような目標を立てて、成功させている先例がすでにあったので、そのやり方を真似たということです。
これを「Best Practice」と言います。
日本語には相当する単語がなく、直訳すると「最善慣行」、あるいは、「最良慣行」というちょっと耳慣れない言い方になりますが、簡単に言えば成功事例のことです。
日本のビジネスシーンでも、自社内や業界内の先進事例を研究して成功のプロセスを分析し、各部門に水平展開することで全体のレベルアップを図る手法がすでに広範な分野で行われていますが、当時私が勤めていたP&GにはBest Practiceの考え方があったので、かなり早い段階から成功事例に学ぶ習慣が定着していました。
「たった一瞬でもいいから売上トップをとりたい」と思った私は、似たような条件で成功した事例を自社や業界内のケースから探して参考したわけです。
大きな目標を達成するためには、まず、可能な限りの情報を集めます。何の情報を集めるかというと自分が達成したい目標をすでに達成している先行事例を探し、Best Practiceを見出すことです。
まずは社内で探し、社内になければ業界内で、業界内にもなければ異業種で探してみます。
2015年のラグビーワールドカップイングランド大会において、かつてこの大会で1勝しかしていない日本が、予選ラウンドで3勝を挙げ、日本中はおろか世界を驚かせました。中でも、世界ランク3位の強豪、南アフリカに勝利した快挙は、日本ラグビー界の歴史に残る金字塔と言えます。これは、間違いなくBest Practiceです。同じスポーツの世界ではもちろん、スポーツ以外の分野にも参考になる成功法則をこのBest Practiceの中に見出すことができるはずです。では、具体的にどのように分析すればいいのでしょうか。
Best Practiceを分析するときには、「Fact」、「Math」、「Logic」で見ます。Factは事実、Mathは数字、Logicは理論のことです。まず、事実を整理しましょう。大会前の日本の世界ランキングは13位、2015年の大会で9大会連続出場を果たしました。対する南アフリカは、世界ランク3位で、本大会には7大会連続出場しています。これだけなら、両者にそれほど大きな差はないように見えますが、さらに詳細に検証すると圧倒的な実力差が見えてきます。日本は過去8大会連続出場していましたが、その戦績は1勝21敗2分け、すべて一次予選敗退です。これに対して南アフリカは、大会通算25勝4敗、2度の優勝という輝かしい成績を誇ります。地力で言えば圧倒的に南アフリカが上回っています。にもかかわらず、どうやって日本は勝ったのでしょうか。
日本代表を率いたエディ・ジョーンズ監督の著書などを読むと、南アフリカに勝ったのは偶然でもラッキーでもなく、監督に就任した4年前から、綿密な準備を重ねていたことがわかります。そのポイントを整理すると4つ。1つめは、強いコミットメントです。過去8回の大会で1勝しかしていない日本でしたが、エディ・ジョーンズ監督は予選4戦全勝を就任当初から公言していました。2つめはフォワードの強化です。体格で劣る日本人は、スクラムになるとどうしても押されてしまいます。そこで、ウェイトトレーニングによる体重増加を図り、フォワードの平均体重を90キロ代から100キロ代へと10キロも増量したのです。3つめが、ハードワークによるスタミナ強化です。エディ監督の秘策の中核は、後半20分での勝負です。海外の大柄な選手は、後半20分にはばてます。そこで、40分通して動ける身体をつくるために、代表練習では朝5時半の早朝トレーニングから始まって、1日に4度もトレーニングしたということです。4つめが五郎丸歩選手の正確なキック。ブームにもなった「五郎丸ポーズ」は、ゴールキックの精度を高めるために編み出したメンタルテクニックであったことは、よく知られるところとなりました。
ここから成功法則を導き出すとどうなるでしょうか。まず、強いコミットメントです。日本代表はこの大会で、初の決勝リーグ進出を目標にしていました。結果として、3勝1敗でも予選通過はならなかったわけですが、予選リーグ内の状況によっては2勝で勝ち上がれるケースも考えられたはずです。過去24戦して1勝しかしていない日本には、2勝2分けぐらいが目標としては順当だったかもしれません。
しかし、エディ監督は当初から4勝を公言していました。圧倒的に強い相手に対して、引き分け狙いなどという腰の引けた目標では絶対に結果を残せない。全部勝ちにいくという強い気持ちがなければ、1勝だってできないということです。次にフォワードの強化です。ラグビーの試合において、フォワードはチーム戦力の中心です。ここで引けをとってしまうと絶対に勝てません。このために、体重の増量によって外人選手に対抗できるパワーを得ようしたわけです。ただし、南アフリカ戦時点で、出場していたフォワード8人の平均体重は、日本109キロに対して南アフリカ114キロです。まだ劣っていたわけです。ここで重要なことは、勝てないまでも負けないことでした。フォワードで勝てるようになれば日本は苦労しないわけですが、体格差は民族の特性ですから埋めようがありません。そこで、せめて負けないレベルまでもっていく必要があったわけです。
もっとも重要なのが3つめのスタミナ強化です。主戦力のフォワードを強化し強豪にも負けないレベルまで高めましたが、それだけでは勝てません。勝てるポイントを作ることが重要でした。そうして見出したのが後半20分の勝機です。最後の五郎丸歩選手の正確なキックは、ポイントゲッターの育成と解釈できます。五郎丸選手はもともと優れた選手でキックも正確でしたが、勝手に育ったわけではなく日本代表の貴重な得点源としてチーム全体で支援したからこそ、あそこまでの選手になったわけです。以上のような分析により、競技は違っても、圧倒的な相手に勝つための戦略として応用することができるはずです。